名古屋地方裁判所 昭和34年(ヨ)725号 判決 1959年11月30日
申請人 小島末吉
被申請人 学校法人名城大学
主文
被申請人が申請人に対して昭和三十四年七月二十七日付でなした理事を解任する旨の意思表示は本案判決確定に至るまでその効力の発生を停止する。
訴訟費用は被申請人の負担とする。
事実
第一、当事者双方の申立
申請人は主文第一項同旨の判決を求め、被申請人は「本件申請を却下する。」旨の判決を求めた。
第二、当事者双方の主張
申請の理由
一、被申請人は教育基本法及び学校教育法並びに私立学校法に従い大学その他の学校を設置することを目的とする学校法人であり、現に名城大学、同附属高等学校を設置経営しているものである。
二、被申請人は昭和三十年以来その組織及び経営問題を廻つて内紛が生じ、理事長地位不存在確認請求他五件の訴訟事件として争われたが、調停手続における労力と世論の趨勢とによつて昭和三十三年八月十四日紛争について一応終止符が打たれ新たな理事会が構成されて再建の第一歩をふみ出したのである。
三、申請人は右の如き紛争の中において被申請人の評議員であつたが、昭和三十三年二月二十三日開催された評議員会において被申請人の寄附行為第七条第二項に基き評議員の互選によつて理事に選出され、爾来その地位にあつたものである。
四、然るに被申請人は申請人に対し昭和三十四年七月二十七日付田中理事長名義を以て同月二十六日の理事会における議決に基き解任する旨の通告をなした。
五、しかしながら右申請人理事解任の理事会の議決は次の理由により無効又は取消さるべきものである。
(1) 申請人は被申請人の寄附行為によつて被申請人の評議員として評議員から互選されて当然理事となつたのであつて、理事会又は理事長により任命されたものではない。そして任期は五年と定められている。従つて申請人を理事に選出した評議員会の議決によるのであればいざ知らず、理事会の議決を以てしてはかかる評議員の互選の結果当然選任された理事は解任しえないと解するのが私立学校法の趣旨である。然るに申請人理事の解任は評議員会の議決によることなく単に理事会の議決によつてなされたものであるから無効である。
(2) 仮りに然らずとするも五年の任期々間中は理事を解任しえないと解すべきである。何となれば寄附行為第九条、第十七条において理事及び評議員につき任期を定めたのは、之により法人の業務決定機関たるの理事会の安定を図り、以て学校法人の健全な運営を期するためであると解すべきだからである。
(3) 仮りに然らずとするも、被申請人が本件理事解任の議決をなしたと主張する理事会の議決は理事の過半数の賛成がないから無効又は取消さるべきものである。被申請人理事会の議決は私立学校法第三十六条及び被申請人寄附行為第十三条によつて行わるべきところ、右によれば理事会の議事は法令に別段の定めある場合及び寄附行為第十四条、第三十一条の場合のほか理事の過半数で決し、理事会の議長となる理事長は寄附行為第十三条第一、二項により理事としての議決には加わらず、理事の議決が可否同数なる場合にのみ議長たる理事長の決するところによるのである。
而して議事は出席理事の過半数ではなく全理事の過半数で決すべきこと寄附行為中理事会の定足数につき規定のないことに徴し明かである。ところで当時被申請人の理事は田中寿一、大橋光雄、高阪釜三郎、斎藤確、田中卓郎、伴林、日比野信一及び申請人の八名であり、右田中寿一は理事長であつて理事会の議長となるのであるから、理事としての議決に加わり得ないのであるが、本件理事会の出席者は理事として議決権を行使しえない田中理事長のほかは大橋、高阪、斎藤の三名であつて、前記のとおり議決に加わるべき理事七名からみれば過半数に満たないのであるから、かかる理事会において如何なることが議決されたにせよ理事会の議決としての効力はない。従つて申請人理事の解任は理事会の議決に基いたとはいえないのである。
(4) 仮りに然らずとするも、申請人の理事解任を議決した右理事会はその招集手続に重大な瑕疵があるから、かかる理事会の議決は無効又は取消さるべきものであつて解任の効力を生じない。先ず右理事会は田中理事長によつて招集されたものであるが、同人はさきに感ずるところがあつて寄附行為第十一条の「理事長事故ある場合」として理事会の承認の下に理事長の職務を斎藤理事に代理せしめていたのであり、右理事会の開催された時においても理事長の職権は斎藤理事が代理していたのであるから理事会の招集も斎藤理事によつてなさるべきものであるにも拘らず、招集権限のない田中理事長によつてなされている。又通常理事会の招集通知は事務局によつて会日の一週間位前になされ、開催場所も被申請人本部の理事長室が慣例となつているにも拘らず、本件理事会の招集通知は事務局の手を経ず田中理事長が自らしかも故意に斎藤、高阪、大橋の三理事に対してのみ会日の一週間乃至二、三日前になし、申請人始め田中卓郎、伴の各理事に対しては開催日時である昭和三十四年七月二十六日午前十時に開催場所に到着できないように遅発した上、開催場所も平常と異つた極めて判りにくい名古屋市昭和区菊園町所在の菊園旅館とし、申請人等の議決権の行使を故意に妨げんとした。事実申請人方には右招集通知は当日の午前九時頃の申請人の不在時に到達し、申請人が現実に之を了知したのは同日午前十時三十分頃であつた。右のように本件理事会にはその招集手続に多くの重大な瑕疵があるから、かかる理事会における議決は無効又は取消さるべきものであつて本件解任もその効力を生じないというべきである。
六、よつて申請人は被申請人に対し理事会議決無効確認等の本案訴訟を提起すべく準備中であるが、被申請人は既に申請人の理事の登記を抹消し、田中理事長は意のままの人物を理事に選任している状況で、かくては理事会が田中理事長の意のままになつて本案において勝訴しても回復すべからざる損害を蒙る虞があるので之を避けるため本申請に及んだ。
被申請人の答弁
一、申請の理由第一項は認める。
二、同第二項中「調停手続における努力と世論の趨勢により」との部分を除き他は認める。
三、同第三、四項は認める。
四、同第五項(1) 中申請人が評議員会において理事に互選されたこと及び被申請人寄附行為にはかかる理事の任期を五年と定めていることは認めるが、その余は争う。
同項(2) (3) (4) は争う。
被申請人の主張
一、被申請人理事会がなした申請人の理事解任の議決は有効である。先ず理事会は評議員選出の理事を何時にても解任しうる。本来理事と法人間の関係は一種の委任契約関係にあるとみるべきであるから、寄附行為に明文のない以上財団法人の理事の解任については民法の委任の規定を適用すべきであるが、民法第六百五十一条第一項によれば「当事者は何時にても之を解除することができる」から、当事者と目される財団法人従つてその機関たる理事会は一方の当事者と目される理事を解任しうる。これはたとえ任期の定めがあつても同様である。かかる場合解任すべきか否かについて議決さるべき当該理事は右議決に加わることができないので仮理事の選任を受けこれを参加せしむべきではあるが、全理事の過半数の議決があれば仮理事の選任なくともかかる議決は有効であると解すべきで、この理事は学校法人における評議員選出の理事についても妥当し、寄附行為に明文なき被申請人においては理事会の議決により解任しうるのである。尤も評議員会の意見を参酌する責務はあるけれども、それをなさずとも解任は有効である。
二、よつて被申請人は昭和三十四年七月二十六日名古屋市昭和区所在の菊園旅館で開催された理事会において申請人の理事解任の議決をなした。ところで当時の被申請人の理事は、田中寿一、大橋光雄、斎藤確、高阪釜三郎、田中卓郎、伴林及び申請人の七名である。日比野信一理事は既に学長を罷免せられていたから理事ではなかつた。而して申請人の解任議題の賛否をみるに、申請人自身は利害関係者として議決権を有しないから議決権を有する理事は議長たる田中寿一を除く五名である。従つて五名中大橋、斎藤、高阪の三理事の賛成があるのであるから右解任の議決は有効に成立した。仮りに日比野信一が当時なお理事の地位にあつたとしても、六名中三名の賛成があるから可否同数となり議長たる田中理事長の決するところとなるが田中理事長は之に賛成したので解任の議決が成立したことゝなる。
三、次に右の理事事会の招集手続には何等瑕疵はない。先ず招集権者について述べる。昭和三十四年七月二日田中理事長が白木伸判事(昭和三十年から三十三年にかけての被申請人内部の紛争の際の訴訟事件担当裁判官)の辞職に関しその責任を痛感し、理事長の職務代理に斎藤理事を指名したことは申請人主張のとおりであるが、白木判事辞職の原因を作出した当の責任者であるべき日比野信一理事、小出仁三郎監事及び申請人等は右の事実に対してあたかも田中理事長が辞任したかの如く宣伝し、学内にのさばり申請人等が理事長職にある如く振舞つたので田中理事長は同三十四年七月十五日斎藤理事に対する理事長職務代理の指名を取消し、爾来自ら理事長の職務を執行するに至つたのである。寄附行為第十一条によれば理事長の職務代理又は職務代行者の指名は理事長自ら行うのであつて理事会の議決も承認も要しない。されば同月二十六日開催された本件理事会の招集を田中理事長がなしたのは当然である。尤も理事会としては斎藤理事が理事長の職務代理をしていた当時においても、理事会の招集は田中理事長名で行うべきであると解していたし、事実又そのように行われていた。又被申請人理事会の招集通知は、従来から必ずしも会日の一週間前に議題を示してなされるとは限らず、電話その他の方法で短時間の余裕を以て行われ、議題を示さないこともあり、招集場所も必ずしも被申請人本部理事長室とは限らず、理事長宅、旅館等適宜の場所を選んでいた事も数多かつたのである。本件理事会も日時、場所は昭和三十四年七月二十六日午前十時名古屋市昭和区菊園町二の七菊園旅館とされていたが、従来通り事務局の手を経て時間に間に合うように通知をしたし、場所も全理事の知悉しているところであつて故意に不便な場所を選んだのではない。
現に伴理事は当日午前九時三十分頃田中理事長宛欠席の旨を電話で連絡してきたのである。申請人及び田中卓郎理事等が当日遅刻したのは理事会を無視する平素の精神の現れであり又故意に遅刻し閉会を見定めて開催場所に馳せ参ずるが如きは理事会の議決に異議を述べんとするための術策である。
被申請人の主張に対する申請人の陳述
一、私立学校法はその第三十五条において、学校法人が民主的に運営され該法人設置にかかる私立学校が健全な発展を遂げるため五名以上の理事と二名以上の監察を置くべきことを定め、更に第三十八条において基本理事として学長並びに評議員より選出された者がなるべきものとし、右の基本理事以外の理事は各法人の寄附行為にその選出方法を任せたのである。即ち法は教学面の責任者たる学長と、学校法人の職員、卒業生その他を以て構成する評議員会、つまり当該法人の人的基盤の代表者である評議員とが基本理事たることを定めたのである。而して被申請人寄附行為によれば、右以外の理事は学長理事及び評議員選出理事二名の計三名の基本理事により選任されるところのいわば補佐役的な理事にすぎない。然るに被申請人解釈によれば、理事会は寄附行為に五年の任期が定められているのに拘らず、基本理事も補佐役的理事も共に何時にても議決によつて解任できるというのである。そうだとすれば補佐役的理事が基本理事より多数の場合には前者の意見が一致すれば後者を一度に解任することができることとなる。これは明かに法の趣旨に反する。
二、解任すべきや否やの対象となつた理事が利害関係ある者として理事会における議決に加わりえないというのは一論である。しかしそれだけでは理事長が一人の理事と結託すれば他の理事が五人であれ十人であれ一度に解任できることとなつて甚だ奇妙な結果を生ずる。そこで右の理論を支えるために解任対象者の代りに仮理事の選任を受けて之を議決に参加せしめるべきであるという。しかしこれは仮理事の何たるかを理解しないものである。従つて又全理事の過半数の賛成を得た理事会の議決がなされれば仮理事の参加がなくとも解任の議決として有効であるというのも不当な解釈論である。従つて仮りに理事会において申請人理事の解任をなしうるとしても申請人は之が議決権を有するものである。
三、昭和三十四年七月二十六日に開催された理事会は慣例の事務手続を経ず秘密裡に招集通知が発せられたものであり、理事日比野信一には招集通知すらなされていない。田中理事長は自己の意見に反対するであろうと思われる申請人、田中卓郎、伴林の各理事に対して形式的には出席の機会を与えた如く装いつつ実質的には議決権の行使を奪わんと企て、同月二十日頃には既に右理事会の開催を計画しながら同月二十五日午後六時から十二時頃迄の間に速達で同人等に通知書を発した。しかも通知書投凾前に理事会の招集とその議題が前記理事に漏れることを恐れて田中理事長自らの手によつて投凾され、右通知書が開催当日の朝到達するように画策した。通例によると通知書の送達のほか電話によつて事前に出席を促す方法がとられていたが、本件理事会においてはかかることもなされず、開催日の前日申請人が田中理事長と面談した際にも同人は理事会は当分の間開催しない旨述べていたのであり、かくの如く申請人を欺罔したことによつても申請人主張の事実は裏付けられるのである。
四、被申請人は、斎藤理事が理事長代理に指名された際、その後においても理事会の招集は田中理事長名で行う旨の申し合せがあつた如く主張するが、かかる事実は否認する。又同月十五日に右理事長職務代理の指名を取消したというがかかる事実はない。現に同月十八日の評議員会を斎藤理事長代理が招集した事実がある。
五、伴理事が本件理事会当日の午前九時三十分頃田中理事長に対して欠席の旨の電話連絡をしたとの事実は不知である。
又申請人は平素理事会を無視したことはない。尤も申請人は国鉄職員であるため職務の都合により欠席したこともあつたが、欠席回数は極めて少ない。
六、被申請人における理事会は嘗て一度も定刻に開催せられたことなく、甚だしきは二時間も遅れることがあつた。然るに何故に本件理事会のみが定刻に開催され、田中理事長の意見に賛成すると思われる斎藤、高阪、大橋の三理事及び田中理事長のみが定刻に集合し、わずか五分間で閉会し直ちに退散したのであろうか。この事実こそ申請人等の理事会における議決権を奪わんとした証拠である。
第三、疏明
申請人は甲第一乃至第四号証、第五号証の一、二、第六、第七号証を提出し、申請人本人の尋問を求め、乙第一、第四号証の成立は不知、爾余の乙号各証の成立を認めると述べた。
被申請人は乙第一乃至第四号証、第五号証の一、二、第六、第七号証を提出し、被申請人代表者田中寿一本人の尋問を求め、甲第一乃至第四号証、第五号証の一、二の成立を認め、同第七号証の成立は不知と述べ、同第六号証はその成立について認否をなさなかつた。
理由
被申請人が教育基本法及び学校教育法並びに私立学校法に従い、大学その他の学校を設置することを目的とする学校法人であり、現に名城大学、同附属高等学校等の私立学校を設置経営していること被申請大学においては昭和三十年以来その組織及び経営問題を廻つて内紛が生じ、理事長地位不存在確認請求外五件の訴訟事件が提起されたが、昭和三十三年八月十四日従前の紛争について一応終止符が打たれ新な理事会が構成せられて再建の第一歩をふみ出したこと、一方申請人は右の如き紛争の中において被申請人の評議員であつたが、昭和三十三年二月二十三日開催された評議員会において評議員の互選により理事に選任せられ爾来その地位にあつたこと及び被申請人は申請人に対し昭和三十四年七月二十七日付理事長田中寿一名義を以て同月二十六日の理事会における議決に基き解任する旨の意思表示をなしたことは当事者間に争がない。
申請人はまず評議員会において選出された理事は理事会において解任しえない旨主張するので以下に考察する。
私立学校法第三十八条第一項によれば学校法人の理事となる者は所謂第一号理事として当該学校法人の設置する私立学校の校長(学長及び園長を含む)、第二号理事として当該学校法人の評議員のうちから寄附行為の定めるところにより選出された者、第三号理事として前各号に規定する者のほか寄附行為の定めるところにより選任された者とされており、成立に争のない甲第一号証の被申請人寄附行為第七条によれば、私立学校第三十八条第一項の規定に従い同項第一号理事として名城大学長は理事となる、第二号理事として評議員のうちから選任される理事は二人とし評議員の互選で定める、第三号理事については、「前項の規定により選任された理事(第一、第二号理事)以外の理事はこの法人と関係のある学識経験者のうちから評議員の意見を聞いて前二項の規定により選任された理事の過半数の議決をもつて選任する」旨定めていることが疏明される。右の私立学校法第三十八条第一項及び被申請人寄附行為第七条の規定の文言及び趣旨と右寄附行為に評議員選出理事の就任につき第七条以外何らの定めがないことから判断すれば、被申請人における評議員選出の理事は評議員の互選により選出されることによつて当然に理事の地位を取得するものと解すべきである。学校法人と理事との対内的法律関係は委任関係と解される。評議員選出の理事といえども、これを異にしない。ただ、評議員選出の理事は評議員の互選により選出されることにより当然に理事となり、同時に当然法人との間に委任の法律関係が発生するのであつて、それ以外に他の法人の機関による何等の行為を要するものではない。従つて、理事は法人の一般的の業務執行機関であるが、評議員選出理事の理事の地位取得につき何等交渉するところはないのであつて、評議員が理事として選出した者を更に理事会において理事として任命若しくは承認する等の格別の行為を要するものではない。
右の如く、理事会は評議員選出に係る理事の地位取得、換言せば法人と委任関係の発生について何等関係するところはないのであるが、然らば申請人主張の如く、理事会は如何なる場合においても評議員選出の理事を解任することができないものであろうか。右理事の解任については、私立学校法及び被申請大学の寄附行為には何等の規定も存しない。一体、法人と評議員選出理事との間の法律関係が委任であるならば、法人は民法の規定に基き何時でも自由にこれを解任することができる筈である。被申請人はかく解する。しかしながら前叙の如く、評議員選出理事の地位の取得法人との委任関係の発生について、理事会が何等の権限を有しないところからみれば、理事会は原則的には右の理事を解任することができないものと解しなければならない。但し、その反面、直ちに理事会は如何なる場合にも絶体的に評議員選出理事との委任関係の解除即ち解任をすることができないと即断すべきものではない。理事は法人の一般的な業務執行機関であり、法人の活動の中核をなすものである。そのような機関たる理事に法人の業務執行をなすことを妨げる特別な事情が存在するとき、例えば心身の故障のため職務を遂行することができない場合又は顕著な不適格性の存する場合の如きは、法人は自己維持の必要上当該理事を解任することができる権能を有するものと解しなければならない。法人においてその解任権を行使するのは法人の業務執行行為と言うべきであるから、法人の一般的業務執行機関である理事においてこれを行うべきは当然の理である。即ち、理事会は法人の自己維持の必要上特別の事由のあるときは評議員選出の理事を解任することができるものと解するを相当とする。
従つてこの点に関する申請人の主張は理由がない。
次に申請人は五年の任期中は解任しえないと主張する。被申請人における評議員選出の理事がその任期を五年と定められていることは当事者間に争がないが、五年の任期中は絶対に解任しえないものではなく、前叙の如き特別の事由の存するときはたとえ任期期間中と雖も解任しうると解すべきであるからこの点に関する申請人の主張も理由がない。
次に申請人は本件申請人理事の解任をなした理事会の議決は理事の過半数の賛成がないから理事会の議決として有効に成立していない旨主張する。右理事会の開催せられた昭和三十四年七月二十六日当時における被申請人理事中田中寿一、大橋光雄、高阪釜三郎、斎藤確、伴林、田中貞郎及び申請人の七名については当事者間に争がなく、日比野信一は当庁昭和三十四年(ヨ)第六九七号事件の判決主文において昭和三十四年七月十七日付被申請人から日比野信一に対する学長罷免の意思表示の効力の発生を停止されているから遡つて本件理事会当時同人は所謂学長理事として理事の地位にあつたというべく従つて当時被控訴人理事は八名であることが一応認められる。そこで本件理事会における申請人理事解任の議決権数について考えるに、理事会における議決事項がある特定の理事に利害関係ある場合には該理事は議決権を行使しえないと解するのが相当であるから、申請人は同人解任の議事につき議決権を有しないこととなり、寄附行為第十二条、第十三条により理事としての議決権を有しない田中理事長と申請人の二名を除くと他の六名の理事によつて決せられることとなる。而してこの六名中大橋、高橋、斎藤の三理事が申請人理事の解任に賛成したことは当事者間に争がないところであるから、寄附行為第十三条第一項により議長たる田中理事長の決することとなるところ、田中寿一の署名(同人署名なることは同人の被申請人代表者本人尋問の結果により認められる)があるから真正に成立したと認むべき乙第四号証によれば、田中理事長は本件申請人理事の解任に賛成したことが一応認められるから右議決は理事会の議決として有効に成立したというべきであるからこの点に関する申請人の主張も理由がない。
更に申請人は本件理事会はその招集手続に重大な瑕疵があるからかかる理事会の議決は無効又は取消さるべきものであつて申請人理事解任の効力を生じない旨主張する。田中理事長は昭和三十四年七月二日斎藤理事を理事長職務代理に指名したことは当事者間に争がないが、被申請人代表者田中寿一本人の供述によると、同月十五日田中理事長は右指名を取り消したことが一応認められるので、本件理事会を田中理事長が招集したことは正当な権限に基くものである。而して招集通知書の発送手続は事務局員によつて行われようと理事長自らが行おうと正当な権限ある者の名において招集されたのであればそれは問うところではない。次に招集通知が田中卓郎、伴林及び申請人の各理事に対しては故意に開催時刻に開催場所に到着しえないよう遅発されたとの点については、被申請人の寄附行為には理事会の招集通知到達の日と会日との日数の間隔について何等の規定はないが、各理事の住所等の地理的条件を考慮し、各理事が招集通知を受領した後開催日時の所定の場所に集合しうる程度の時間的間隔を置いて招集通知を発することを要するものと解すべきである。これを本件についてみれば、田中寿一、大橋、高阪、斉藤の各理事が本件理事会の開催日時に出席していたことは当事者間に争がなく、被申請代表者並びに申請人本人の供述によると、右理事会の招集通知は開催日の前日発信し、田中貞郎理事宅には開催当日の午前八時頃申請人宅には同日午前九時少し前項、伴理事宅には同日午前九時四十分頃に右通知書が到達し、なお、伴理事に対しては両日午前八時三十分頃電話により通知しその出席を促した事実が一応認められる。右事実によれば、申請人、田中卓郎、伴各理事に対する招集通知の発信及び到達と開催日時との間は余りにも時間的間隔がなく、その点不相当たるを免れないが、申請人本人の供述によれば、田中卓郎理事は右通知書到達と同時にこれを了知し、直ちに申請人に伝え更に申請人より伴理事に伝えたから同人等において直ちに所定場所へ行けば開催時刻に十分に間に合つたのであるが、同人等は田中卓郎宅において待ち合わせていたため開催時刻に遅れたことが疏明せられるから申請人は右招集手続の瑕疵を主張し得ないものと言うべきである。次に日比野信一に本件理事会の招集通知のなされなかつたことは当事者間に争がなく、当事同人が理事の地位にあつたことは前記のとおりであるから日比野理事に対しても本件理事会の招集通知がなされるべきであるに拘らず之を欠いた瑕疵があるわけであるが、仮りに之が招集通知をなし本件理事会に出席して申請人理事の解任に反対の一票を投じたとしても、前記一応の認定のとおり申請人理事解任の議決は有効に成立しうるのであるからその瑕疵は右理事会の議決を当然無効とする程の瑕疵にはならないというべきである。申請人は右の瑕疵により本件理事会の議決は取消さるべき旨をも主張するけれど、かかる取消権は形成権であつて法律に定めた場合でなければそのような権利は発生しないと解すべきであるからこの点の主張も理由がない。
最後に招集手続上の瑕疵として開催場所が平常と異つた判りにくい場所である旨主張するが、申請人本人及び被申請人代表者田中寿一本人の各供述によると、被申請人理事会は必ずしも理事長室においてのみ開催せられてきたとは限らず、適宜理事長宅又は旅館等において開催されており、本件理事会開催の場所である菊園旅館も全理事の知悉している場所であることが一応認められるからこの点に関する申請人の主張も理由がない。
以上一応の認定のとおり本件理事会はその招集手続及び決議手続においてはその議決を無効たらしめる程の瑕疵はないと言うべきであるが、前記のとおり理事会において評議員選出の理事を解任するには特別の事由の存在を必要とし、しかもこれは被申請人において主張立証責任を負うものと解すべきところ、被申請人においてこの点につき何ら主張立証をしないので結局本件申請人理事の解任は無効であるというべく、申請人の被保全権利はその疏明があることとなる。
そこで進んで保全の必要性について考えてみるに、前記一応の認定事実によれば被申請人寄附行為に定める評議員選出理事二名中一名を欠くこととなり、かくては被申請人の正常な業務の運営が阻害されるのみならず申請人自身にも回復すべからざる損害を蒙らしめることにもなるのでかかる違法な状態を排除する緊急の必要性がある。よつて申請人の本件申請は正当として之を認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 伊藤淳吉 小淵連 梅田晴亮)